JOMONずかん

釈迦堂の水煙文土器

まるで水煙が立ち上っているような、ダイナミックかつ緩やかで立体的な曲線に縁取られた縄文時代中期の逸品。新潟十日町市の有名な火炎土器に対して、甲府盆地から出土するこの特徴を持つ土器は「水煙文土器」と呼ばれています。

神像筒型土器

縄文人が思い描いたのであろう神と思われる人型の像が筒形の土器に抱き着くように作りこまれています。神像の名に相応しい堂々たる見事な縄文時代中期の傑作です。

出産文土器

「出産文土器」の名前の通り、母親のお腹から子供が産まれてくる瞬間を表現したと言われている深鉢形土器です。 口縁部に見られる顔を母親、中央の胴の顔を子供に見立てたとされ、縄文時代を生きた人々の安産への祈りが込められていると考えられています。

緑川東の大形石棒

2017年9月15日に国指定重要文化財に指定されたのがこちらの大形石棒です。 石棒は磨製石器の一種で、国立市の緑川東遺跡から出土した石棒は、安山岩系の石材が使われています。 子孫繁栄・豊穣を祈ったと言われる縄文遺物の中でも、男性を模したとされ、土偶と同じく祭祀の道具だったと考えられています。

土製耳飾り

耳飾りと聞くと小さなものを想像しますが、この土製耳飾りは日本最大級、なんと9.8cmもある大きなサイズの縄文時代のアクセサリーです。 縄文の人々はピアスのように耳に穴をあけて耳飾りをつけていたようです。 この鮮やかな色はベンガラを使用して彩色され、透かし彫りの技法で粘土に複雑な造形が施されています。

大型板状土偶

6本の柱が立つ縄文時代の遺跡の写真を、歴史の教科書で一度は見たことがあるのではないでしょうか。それが掘立柱建物跡で有名な青森県青森市の三内丸山遺跡です。三内丸山遺跡では、体が板のように扁平につくられた板状土偶と呼ばれる土偶が多数発見されています。こちらの板状土偶は、その中でも最大級の大きさです。

ミス石之坪

石之坪遺跡の竪穴住居内の貯蔵に使われたと考えられる穴の底から、凹石(くぼみいし)などの4点の石器と共に発掘されました。ていねいに磨かれたなめらかな肌を持つ土偶です。「美肌土偶」と呼ばれることもあるそう。頭部は中空で、胸部以下は欠損し、発見されていません。全体ではかなり大型の土偶であったと考えられます。

真福寺貝塚のみみずく土偶

顔の表現が鳥のみみずくに似ていることから「みみずく土偶」と呼ばれるタイプの土偶のひとつ。目、耳、口は円盤を貼り付けて表現しています。耳は耳飾り、頭部の突起は結った髪型や櫛をさしている状態を表現していると考えられています。張り出した両肩と短めの腕、胴体のくびれ、再び張り出す腰という体に鋸歯文や縄文で装飾が施されています。縄文時代の髪型や服飾、装身具などを表す資料としても貴重な土偶です。

結髪ちゃん

結髪土偶は髪を結ったような形の頭部が特徴的な土偶。 「結髪ちゃん」は大正末期に寒河江市の石田遺跡から上半身と左脚部が出土し、2点ともその土地の地主が所蔵していました。 上半身は地域の郷土館に寄贈されたものの、左脚部は地主がそのまま所有し続け、しばらくの後に寒河江市に寄贈されました。

鹿角製腰飾り

人骨の腰の辺りからの出土が多いために腰飾りと呼ばれています。特に男性の人骨とともに出土することが多いため、男性用の装身具として、穴に紐などを通して腰からぶら下げるように身に着けていたと考えられています。この鹿角製腰飾りは貝塚からほぼ完全な形で出土しました。
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